がけっぷち30代未婚無職の教員採用試験

30代未婚無職が2017年実施の教員採用試験に挑むブログ

台風のち曇り

私立のA校とB校に常勤講師(≒契約社員)として採用されました。



選考は次のようなステップで、教員採用試験と似ていました。

A校

1次 個人面接

2次 個人面接+論文+専門筆記+集団討論

B校

1次 個人面接

2次 個人面接+適性検査

3次 個人面接+専門筆記+模擬授業



私は夏の教員採用試験の宿泊やら交通費で30万近く既に使っていました。それなのに、

A校もB校もまたもや遠方なので、落ちてまたお金だけが減っていくのはもううんざりでした。



そのため、新幹線をケチって高速バスや普通列車で行ったり、ホテルに泊まらずにネットカフェに泊ったり、数百円の電車やバスに乗るのすらケチって1時間以上歩いたりして、受けていました。

しかも風邪をひいていたため、バスや電車の中で吐きそうになったり、ネットカフェの中で気持ち悪くて気を失いそうになったりして、途中で行き倒れになるのではないかと思いました。

食事はおにぎり1個とか、マックの100円バーガーとかですませていました。飲み物はペットボトルに水道の水を汲んだりしていました。



しかしなにより辛かったのはそのような経済的貧困や体調不良よりも、どうせ受からないのでは。また落ちるのでは。私は一体何をやっているのだろう…みじめだ…。という精神的な不安でしたね。



常勤講師なんで専任(≒正社員)や教員採用試験よりは選考が甘めであること、

教員採用試験の反省を活かし、どういう言動をすると受かるのかを考え実行したこと、

この2点が採用された理由ではないかと思います。



専任(正社員)への登用率ですが、A校は6割程度だそうです。

(6割は終身雇用となれますが4割は3年以内に首になります。)

B校は分かりません。



公立の常勤講師は、2月~3月にならないと求人の有無が判明しません。

そのため、私立の常勤講師を確保しないと、安心して年が越せなかったのです。

これで少しだけ安心できます。



無職で年金や健康保険すら払えていませんでしたが、来年4月以降は払うことができます。いま虫歯で歯が痛いのですが、保険証がないので歯医者にも行けませんが、4月からは医者に行くことができます。

ようやく少しだけ努力が実り、心の天気は、台風からくもりになりました。

フル演技は駄目

協同出版の面接本(○○県の論作文・面接過去問)に以下のような記述があります。

みなさんはこの記述についてどう思いますか?




『面接試験などの場であがってしまうという人もいるかもしれない。そういう人は、素の自分を出すということに慣れていないという場合が多く、「変なことを言って悪い印象を与えたらどうしよう」という不安で心配になっていることが多い。そういう人は、面接の場では「活発で積極的な自分を演じる」と割り切ってしまうのも1つの手ではないだろうか。自分は演じているんだという意識を持つことで、「自分を出す」ということの不安から逃れられる。また、そういうことを何度も経験していくことで、無理に演技しているという意識を持たなくても、積極的な態度をとれるようになってくるのである。』



賛否両論あると思います。

かつての私は、完全に賛成でした。

コミュ障の私はこの記述を読んで、「そうか、にこにこ・はきはき・熱意的な自分を演じればよいのか! コミュ障の私なんて見られたくないしな!」
と思って、活発で積極的な自分を演じて面接に臨みました。

しかし結果はご覧のありさまです。


面接において、演技や嘘自体は、悪いことではないし、ほぼ必須だと思います。

たとえば、

「あなたは友人からどんな人だと言われますか?」という質問に対して

私がまったく演技や嘘をしないで答えた場合。

「友人がほとんどいないので、どんな人だと言われたことも一回もありません。」

という答えになってしまいますがw、これではまず社交性や協調性の面で採用されないでしょう。

やはり、面接の場では、嘘でも友人が居ることにした方がベターです。


しかし、面接の全てを演技してしまうと、志望動機などコアな部分までもが全て嘘臭くなり、面接官は不審に思います。

私の想いや私が歩んできた人生を、

ポジティブに、

自分の本音で、

相手に伝わるように簡潔に話す。

面接官の心を打つには、演技だけではなく本音を話すことが、必須の行為です。


冒頭の面接本に対し、今の私ならどちらかといえば反対です。そして、こう答えます。

『演技は確かに必要だが、フル演技は駄目。』

異質なものとして排除されることのつらさ。

この「大阪大学で面接が全く通らない人」が書いたブログがあるのですが、すごく琴線に響きました。今の私も、彼とまったく同じ気持ちです。





  大阪大学4回生、就職活動60戦0勝。内定はまだない。
いや、「まだ」というのは正しくないのかもしれない。僕にはもう、内定なんて出ないだろう。だって、僕は障害者だから。自分の事を健常者だと勘違いして生きてきた、哀れな障害者だから。

  小学校の時、ひまわり学級という所から僕のクラスに時々やって来る田中君という男の子がいた。
田中君は、いつも笑っていて、話が通じなくて、時々暴れる、変わった男の子だった。
僕はそんな田中君のことが大嫌いだった。明らかに異質で、僕と違っていたから。

クラスの皆も田中君のことを嫌っているようだった。先生はいつも僕達に「田中君が遊びに来てくれたよ!」というのだけど、誰も田中君に話しかけないし、田中君に話しかけられても適当にあしらっていた.
僕らの田中君の対する扱いは、ほとんど、イジメに近いようなものだったように思う。

 当時の僕らは、知的障害に関する知識は皆無だった。差別が、という意味ではなく、そもそも知らなかった。
ひまわり学級という区分の持つ意味についても理解していなかった。
僕らはただ、田中君が自分たちと違うということだけを、直感的に理解していた。本能で、田中君を仲間外れにした。

 僕は田中君への仕打ちについて、罪悪感を感じることはなかった。無知だった頃はもちろん、障害についての知識を得てからも。異質な奴らを阻害するのは当然のことだと思っていた.
……就職活動で失敗するまでは。

 就職活動について、決して楽観視はしていなかった。就活を始めたのは3年の12月からだし、大阪大学という名の知れた大学に入ったのも、それなりに就職を意識してのことだ。キャリア支援課にも通った、ネット上でも情報を集めた。しかし、失敗した。

 初めは、経験が無いせいだろうと思った。僕は元々そんなに喋りが得意な方じゃないし、緊張と経験値のなさで、うまくいかないのだろうと。
でも、途中でそうじゃないことに気づいた。面接に慣れてからも、相変わらず結果は悪いままだったから。

そして、面接慣れして、面接中に冷静になれるようになってくると、あることに気づいた。面接官が失望するような目で、うんざりするような目で、異質なものを見るような目で、僕を見ているのだ。わけがわからなかった。わけがわからないまま、沢山の会社を受けた。全部駄目だった。

 そして昨日、ベッドでうとうとしている最中に、面接官の視線の持つ意味に突然気づいた。あれは、かつての僕の目だ。小学校で、僕が田中君を見ているときに、していた目だ。決して相容れないものを見るときの目だ。就職活動の場において僕は「ひまわり学級の田中君」だったのだ。

 僕が就職活動に費やした努力は全て無駄で無意味だった。経験や手法なんて些細なことだったんだ。僕という存在そのものが、企業から阻害される要因だったんだ。田中君のあらゆるアプローチが小学生の僕らに響かなかったように、面接官は直感的に異質なものを拒絶していたんだ。

 もう、どうしていいかわからない。なぜ僕は自分のことを普通だと思っていたのだろう。この問題に、どう対処すれば良いのだろう。これからどうやって生きていけばいいのだろう。

 田中君へ。君の辛さを今になってやっと理解した。ごめんなさい。